うつ病になって目が覚めた!

人生を考えるきっかけとなったうつ病。残りの人生をエンジョイするための気づきのヒントを皆で共有しましょう。

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私がうつ病を発症するまで経緯

      2015/01/23

私は、今でこそ私も人並みの生活が出来ていますが、過去にはうつ病に打ちのめされて苦しんだ期間があります。うつ病を発症してから7年が経った現在も、通院と服薬を継続しています。

ここでは、私の自己紹介とともに、なぜ私がうつ病を発症してしまったのか、その経緯を語らせて頂きたいと思います。私という人物にちょっとでも興味を抱いて頂ければ幸いです。

うす曇り

 

やる気に満ち溢れたフレッシュマン

私は昭和後半生まれの北陸出身者です。

特に貧乏でも裕福でもない家庭で育つも、両親の愛情には恵まれ、人並みに幸せな幼少時代を過ごしてきました。自分で言うのも何ですが、何事も比較的器用にこなす方で、学校での成績も上位の方でした。性格は几帳面なタイプです。よくA型人間と言われます。

関東の大学卒業後、就職した会社の経理部員として3人体制の係に配属となりました。業務は多忙なものの、遅くても終電までには帰る事が出来ましたし、人間関係も悪くなく、早く一人前になれるように張り切って働いていました。

 

入社後早速の会社消滅&激務・・・

入社から約1年がたったある日、突然、会社の吸収合併が決定します。当社は吸収される側で、合併期日は半年後というハードスケジュール。その日から、合併に向けた準備作業が通常業務に加わり、さらに多忙な日々が続きました。

合併期日まで1ヶ月を切ったある日、決定的な出来事が発生します。私の係の上司2人に異動の内示が下ったのです。2人とも地方の支所への転勤でした。なぜ、この時期にこのような異動内示が出たのかはナゾですが、この内示によって、上司2人は新天地モードに入ってしまい、業務はおざなりの状況になります。

「なんで私1人で、こんな業務を背負わされなきゃならないんだ・・・」
「自分1人で期日までに仕事を終える事ができるのだろうか・・・」
「自分はなんて運が悪いんだ・・・」

当時はいつもこんな事を考えていました。肉体的にも精神的にもヘロヘロになりながら、そのままなんとか合併期日を乗り切ったのでした。

引越

蝕まれていく精神状態

会社合併後、今までの上司2名は揚々と新天地へ旅立っていき、新しい上司2名が私の係にやってきました。両名ともに会社での勤続年数はそこそこ長かったのですが、配属したての係の業務をスムーズにこなせるわけも無く、私が全ての業務を主導する形で毎日を過ごしていました。

合併前ほどではないものの、当然の事ながら新組織として忙しい日々は変わりませんでした。当時はとにかく仕事がつらくてたまりませんでした。

そんなある日、私は体調の変化に気づきます。朝、目が覚めたのに起きられなくなったり、鼓動が早くなって息が苦しくなったり、頭がフラフラして何も考えられなくなったり、手足が痺れたり・・・。「いつもの自分ではない」と感じ、近くの心療内科で相談しにいきました。診断は「うつ状態」とのことでした。向精神薬を処方されて、その日から服用を開始する事になりました。

薬

 

まじめに病気と向き合えなかった・・・

当時の私は、「うつ」という言葉自体は知っていましたが、その内容については無知でした。「うつ」と言っても、自分の病状はまだまだ軽いものだ、と考えていたのです。その後も通常通り会社に出社し続け、体調が悪い時は有給を取得して休む、といった形で勤務を続けていきました。

休み休みの出社がしばらく続きましたが、時間の経過と共に業務の忙しさもも落ち着いてきました。さらには向精神薬も効いてきたのか、私の体調も落ち着きを取り戻して、通常通りの生活が送れるようになってきました。
「やっと良くなってきたぞ。薬を飲まなくても、もう大丈夫だろう。」と考え、通院と薬の服用を自己判断で中止しました。

この病気との付き合いがこれからも長く続くことになるとは、当時は考えてもいませんでした。 (続く)

 - 自己紹介

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